犬吠埼灯台

初点灯:明治7年(1874) 設計:リチャード・ヘンリー・ブラントン 施工:工部省灯台寮
千葉県銚子市犬吠埼9576


日本政府に招かれた英国人技師リチャード・ヘンリー・ブラントン(1868年来日)の設計、指導により建てられた灯台で、
彼が日本に建てた30余りの灯台のなかで、4基のレンガ造り灯台(尻屋埼灯台、犬吠埼灯台、御前埼灯台、菅島灯台)のうちの一つです。

白亜の灯台ですが明治初期のレンガ造り灯台であり、しかも香取郡高岡村(現・下総町)で作られた国内産レンガを使用しています。
当時は質の高い外国産レンガを使うのがあたりまえだったのですが、それに負けない国内産レンガを作るために
灯台寮技師の中沢孝政は大変な苦心を重ねて質のよいレンガを完成させました。

それから130年あまり、関東大震災や大戦時の空襲にも耐え,
レンガ製の建造物としては尻屋埼灯台に次ぐ日本第2位の高さ(31.3m)を誇っています。

※セメント,ガラス,金属器具,灯明機器などはイギリスから輸入しました。
※ブラントンは日本産レンガの使用に不満だったようで、帰国後に執筆した『日本の灯台』のなかで不満を述べています。


リチャード・ヘンリー・ブラントンは横浜の日本大通りを設計したことでも有名で、
その他にも横浜公園や吉田橋(日本初の鉄橋)も造っています。
さらに日本初の電信工事(1869年、横浜)を行う等、土木工学における日本近代化について
最大の貢献者といわれており、彼の銅像は彼自身が造った横浜公園の一角に建っています。

彼の建てた犬吠埼灯台は「日本の灯台50選」どころか「世界灯台100選」にも選ばれた灯台であり、
日本を代表する灯台であるとともに歴史的文化財的価値の高さから、Aランクの保存灯台となっています。

 

実に堂々として美しく130年も前に建てられたものとは思えないくらいです。日本に6つしかない最大級の第1等レンズを使用した第1等灯台。

 

19万33千枚のレンガを使用、入口や底部は石造。
1987(昭和62)年の改修工事でとても綺麗になりました。

 

灯台の後ろにある霧笛室。雨や霧などで視界が悪い時に音によって航行中の船舶に位置を知らせる音の灯台です。
電波標識が主流になった現在は霧笛の廃止が進んでおり、日本には20ヶ所ほどしか残っていません。この犬吠埼灯台の霧笛室は明治43年4月1日から運用されており、建設当時そのままの鉄造の建物とともに航路標識史の貴重な存在となっています。

主流のダイヤフラムホーン(電磁式発信器)ではなく、日本で唯一、犬吠埼灯台だけに使われているエアサイレン(圧搾空気方式)で、圧縮空気により音を発生させ35秒周期で5秒間吹鳴。
屋根の上には海に向けられた大きなサイレンを見ることができます。

敷地内には古い日時計が置かれています。灯台史に出てくる 【1888.明治21年 9月17日 日時計交換】 というのはこの日時計のことでしょうか。

灯台正面の入り口。
灯台に昇る階段は九十九段で,九十九里浜にちなんだとされていますが,真偽のほどは不明です。
10段毎に段数を記載したプレートが張ってあります。また、可愛いイラストで
 『そろそろ疲れたかな! あと一息がんばろう』
 『犬吠埼灯台99段到達 おめでとう!』
等のプレートも付けられていて昇る人を励ましてくれます。
ところが九十九段の階段を昇りきると、その先にはさらに急な梯子状の階段が・・・。

入り口の上に付けられた時代を感じさせるブロンズの額

ILLUMINATED 15 TH NOV R 1874
初五月十甲七明
点日十一戌年治
(右から 明治七年甲戌十一月十五日初点)

灯台構内にある灯台資料展示館に展示されている初代のレンズ。
このレンズは、仏ソーター・ハレー社製のフレネル式第一等八面閃光レンズといい、高さ約2.6メートル、直径約1.9メートルもある大きなもの。明治5年3月に明治天皇皇后両陛下が横浜灯台寮の試験灯台新設の際に天覧された由緒あるものです。
昭和20年8月10日米軍の空襲により破損、博物館明治村で展示されていましたが現在は犬吠埼で展示されています。

灯台の上から見る風景は圧巻で、地球は丸いものだということを実感できます。
あたかも太平洋の孤島にいるようなその眺望は、とても写真では切り取ることはできませんでした。