| 西岬小学校の裏手にある平らな台地に砲塔砲台跡が残っています。 |
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| 周囲はすっかり宅地造成され、地下構造物や換気口がむき出しになっています。 |
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巨大な砲塔井。 造成時に撤去しようとした痕跡がありますが、頑丈すぎてできなかったようです。このまま残してもらえると嬉しいのですが・・・ |
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鉄筋コンクリート製3.5mもの掩護厚を持ち、その深さは13.8m。 主動力は120馬力ディーゼル機関1基、10トン水圧蓄力機1基で、砲塔の旋回・火砲の俯仰・発射などは全て水圧コックの開閉で行っていました。 |
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| ここに軍艦の砲塔があったなんて、ちょっとイメージできません。 |
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館山湾を一望できる場所。 三浦半島の浦賀水道までも射程にとらえていたそうで、凄い威力ですね。 |
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旧日本陸軍築城部の浄法寺朝美氏が、著書「日本築城史」のなかでこの砲台の試射について記述しています。 「昭和6年(1931)12月、試験射撃を実施したが、正に壮観で、発射の火焔・物凄い爆風(弾道からかなり離れて飛んでいたトンビが叩き落され、斜面保護の蓆(ムシロ)は吹き飛んだ)巨大な砲身の振動・大島水域への弾着と反跳の水煙など、今でも眼前に彷彿とする。」 |