コッキング温室
(江ノ島植物園)

明治15年(1882年)〜
藤沢市江の島2−3−28


イギリスの貿易商であるサムエル・コッキングが来日したのは明治2年。
彼は横浜にハッカ精製工場を建設、『Menthol Crystals』と名づけて輸出し巨万の富を築きます。

親日家であった彼は日本人の宮田リキを妻に迎え、明治15年に江ノ島神社より妻名義で3,200坪もの土地を購入。
(当時、外国人は土地の購入はできませんでした。)
現在のお金に換算して70億円もの大金をかけて当時日本最大の植物園を造ります。

当時の江ノ島は電気はおろか水道も引かれていない時代であり、
これだけの大規模な温室を造成したことは驚くべきことです。

ボイラー室、貯水槽、4棟の温室をレンガで造営し、外国の植物を輸入して
個人の熱帯植物園を造ってしまいました。

しかしコッキングは明治25年に破産。
明治中期に築かれた貴重な歴史遺産も大正12年の関東大震災でほとんど破壊され、
その存在は人々の記憶から消えてしまいます。

土地所有者も転々と変わり、昭和23年、藤沢市がこの地を買い受けて『江ノ島植物園』を開園します。
コッキングの温室遺構はその時に地下に埋められてしまいました。

平成15年4月、江の島展望灯台の立て替えに併せてコッキング温室の遺構を発掘、
サムエル・コッキング苑として当時の遺構を見ることができるようになりました。

日本に現存するレンガ造の温室遺構として唯一のものです。

温室跡。
基礎部分しか残っていません。
水を通す陶管が備え付けられていました。

ボイラー室と温室をつなぐ地下通路入口。
中に入りたかったのですが、
入口には鍵がかけられていて降りることができませんでした。

地下通路出口

細かく砕けたレンガが散乱しています。
横浜煉化製造会社製のレンガが大半のようです。