横浜港駅跡

竣工:明治44年(1911)
横浜市中区新港1−1 赤レンガパーク内


きれいに整備された赤レンガパーク。人で賑わう赤レンガ倉庫とは対照的に
人気のない隅のほうに、屋根のある休憩所があります。

気にも留めずに通り過ぎてしまうほど目立たないものなのですが、
かつてこの場所にあった横浜港駅(よこはまみなとえき)のプラットフォームの一部です。

この駅は横浜税関構内の荷扱所として明治44年(1911年)につくられました。大正9年(1920年)7月23日には横浜港駅となり、
東京駅からの汽船連絡列車がここまで乗り入れます。
列車は四号岸壁の巨大な四号上屋(赤レンガ倉庫よりも大きかった)に横付けし、岸壁列車などと呼ばれて親しまれたそうです。

関東大震災の復興期、昭和3年(1928年)には当時のプラットホームが設けられ、サンフランシスコ航路客船の出帆日には、
大勢の人を乗せた臨時列車が到着するなど海外航路時代の最盛期をむかえました。

昭和34年(1959年)の宝塚歌劇団北アメリカ・カナダ公演では、歌劇団の一行はここから氷川丸に乗って出発していきました。
岸壁は五千人もの見送り客で溢れたそうです。

そんなに華やかだった横浜港駅も、昭和35年(1960年)8月の氷川丸最後の航海で駅としての幕を閉じました。

もともとは長さ140メートルのプラットフォームでしたが、ほとんどが海上保安庁の敷地に転用されたために一部分しか残っていません。

かつて鉄道があったことを物語るように、石畳には線路が埋め込まれています。

 

後ろに見える海上保安庁の敷地は、プラットフォームが延びていた場所です。

 

きれいに整備されたようですが、階段の石は当時のままのように見えます。

 

朽ちてしまった屋根は新しく造りなおされています。

 

この岸壁から幾度となく出航した氷川丸ですが、入場者数の減少のため
2006年12月31日で公開終了してしまいました。

船体を引き取った日本郵船は歴史的資料保存の観点から老朽化箇所を修理した上で、
2008年春には一般公開すると発表されています。
公開が待ち遠しいです。