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拡張に拡張を重ねて一辺が100メートルちかくもある巨大なビルになっていますが、基本は3つの建物が合体して現在の伊勢丹ビルになっています。 ・交差点側の角部分は大正15年(1926)竣工のほてい屋ビル。 |
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| 昔は建物の継ぎ目やフロア間の段差等がわかったそうですが、現在では外観、内部ともに境目がわからなくなっています。 |
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各デパートが低迷するなか、伊勢丹ブランドだけは健在。 なかでも新宿本店は全店舗の売上の6割を占め、他店舗を圧倒する流通量・集客力を持つ。 1フロアあたりの売上は他店の1店舗の売上に匹敵するという。 |
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終戦後の7年間は3階以上をGHQ(第64工兵基地測量大隊)に接収され、司令部、作業場、娯楽室、宿舎、印刷機械室、食堂、劇場として使われていたという歴史もあります。 当時の伊勢丹にはアイススケート場がありましたが、こちらも接収され『ダイヤモンドホースシュークラブ』と名づけられたGHQ娯楽施設になっていました。 |
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内部は度重なる改装を経てすっかり近代的なものになっていますが、外装は垂直線を基調とした当初のデザインをよく残しているアール・デコ建築の名品です。 現在は東京都の歴史的建造物に選定されています。 |
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7Fのレストラン街から屋上に昇る階段には大きなステンドグラスがあります。 昭和11年にほてい屋ビルと繋げた時に作られたものでしょうか。今は保護ガラスに覆われて光を反射してしまうので、近づいて見ないとステンドグラスではなくてただのガラス装飾に見えてしまうのが惜しい。 小川三知の貴重なステンドグラス作品は鳩山邸や岩崎邸などで見る機会がありましたが、まさかこんなところにもあったとは知りませんでした。 |
| ステンドグラスがある場所は屋上に昇る明治通り側の階段で、創建当時からそのまま残っている場所なのかもしれません。 |
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屋上には創業者である小菅丹治氏の銅像があります。 伊勢丹本店の歴史を簡単に。 明治19年(1886) 昭和10年(1935) 昭和11年(1936) |