伊勢丹本店(旧ほてい屋+伊勢丹)

 竣工:大正15年(1926)、昭和8年(1933)
設計、施工:清水組 (伊勢丹部分) 
東京都新宿区新宿3−14−1


アール・デコの傑作建築

関東大震災後の大正15年1月、三越に続いてほてい屋が新宿にデパートを作ります。
6F建てのビル(後に7Fを増築)からは、東京の街が一望の元に見渡せたといわれます。

昭和8年、伊勢丹が神田から新宿に移ってきます。ほてい屋の建物にそっくりな建物を、
しかもほてい屋とぴったりくっつけて建てて開店し、2年後にほてい屋を合併しました。

その翌年にはほてい屋ビルと伊勢丹ビルの壁面を撤去して接続し、一つのビルに改修。
この時に外装はゴシック様式の外観を取り入れたアールデコ調で統一されています。

それ以来、長い歴史の中で度重なる改修を重ねてきましたが、デザインの基本コンセプトは
かたくなに守り続けてきています。

 

拡張に拡張を重ねて一辺が100メートルちかくもある巨大なビルになっていますが、基本は3つの建物が合体して現在の伊勢丹ビルになっています。

 ・交差点側の角部分は大正15年(1926)竣工のほてい屋ビル。
 ・伊勢丹マークの塔があるあたりからほてい屋ビルを包むように
  昭和8年(1933)竣工の伊勢丹ビル。
 ・画像左側の少し壁が白い部分(1F部分が銀行)は
  昭和32年(1957)都電車庫跡地へ増築した部分。

昔は建物の継ぎ目やフロア間の段差等がわかったそうですが、現在では外観、内部ともに境目がわからなくなっています。

 

 

各デパートが低迷するなか、伊勢丹ブランドだけは健在。
なかでも新宿本店は全店舗の売上の6割を占め、他店舗を圧倒する流通量・集客力を持つ。
1フロアあたりの売上は他店の1店舗の売上に匹敵するという。

 

 

終戦後の7年間は3階以上をGHQ(第64工兵基地測量大隊)に接収され、司令部、作業場、娯楽室、宿舎、印刷機械室、食堂、劇場として使われていたという歴史もあります。
当時の伊勢丹にはアイススケート場がありましたが、こちらも接収され『ダイヤモンドホースシュークラブ』と名づけられたGHQ娯楽施設になっていました。
内部は度重なる改装を経てすっかり近代的なものになっていますが、外装は垂直線を基調とした当初のデザインをよく残しているアール・デコ建築の名品です。
現在は東京都の歴史的建造物に選定されています。

 

 

7Fのレストラン街から屋上に昇る階段には大きなステンドグラスがあります。
明治から昭和のはじめにかけて活躍した、かの有名な小川三知の作品だそうで、淡い色のガラスで花とトンボが描かれています。

昭和11年にほてい屋ビルと繋げた時に作られたものでしょうか。今は保護ガラスに覆われて光を反射してしまうので、近づいて見ないとステンドグラスではなくてただのガラス装飾に見えてしまうのが惜しい。

小川三知の貴重なステンドグラス作品は鳩山邸岩崎邸などで見る機会がありましたが、まさかこんなところにもあったとは知りませんでした。

 

 

ステンドグラスがある場所は屋上に昇る明治通り側の階段で、創建当時からそのまま残っている場所なのかもしれません。

 

 

屋上には創業者である小菅丹治氏の銅像があります。
(昭和15年9月25日の銘板)

伊勢丹本店の歴史を簡単に。

明治19年(1886)
初代小菅丹治が神田旅籠町(秋葉原にあるヤマギワリビナ本館の場所)に伊勢屋丹治呉服店を創業。当時は街道筋の宿場町としてにぎわった場所だったそうです。大震災後よりデパート業を開始。
 
昭和8年(1933)
二代目小菅丹治が新宿に進出。既に建っていたほてい屋の建物に並んで本店を建てる。当初から買収の予定だったらしく各階のフロア高をほてい屋ビルに合わせていた。

昭和10年(1935)
ほてい屋の店舗・敷地・地上権を買収。

昭和11年(1936)
旧ほてい屋部分との増築完成。