岩崎邸

明治29年(1896)/設計:J・コンドル
台東区池之端1−3−45


三菱財閥の大邸宅

現在でも4000坪の広大な敷地を誇っていますが、もともとは1万4000坪もあった大邸宅でした。
とてつもなく贅沢ですが、三菱財閥3代目当主、岩崎久彌がほんの結婚祝いに建てたもの。
宅地だけでなくレンガ塀も重要文化財に指定されています。

なぜかここは建物の真中を台東区と文京区の境界線がはしっていて
資料によって台東区になったり文京区になったりしています。まるで陣取り合戦ですね。
文化庁の資料によると台東区なので、それに記載されている住所にしました。

こういった住所不定(?)の例はけっこう多くて、有名なのが銀座にある数寄屋橋ショッピングセンターです。
ここはもともと江戸城の外堀を埋め立ててできた場所なので本来ならば堀の真中が境界線なのですが、
その堀が今は無い・・・。千代田区と中央区の陣取り合戦です。

この独特なデザインは17世紀の英国で発生した
ジャコビアン風と呼ばれるものです。

湯島にこんな立派な西洋館が残っているとは
驚きです。
空襲で焼夷弾の爆撃を受けましたが、
使用人さんたちの必死の消化作業で焼失を
免れました。

当時の使用人の人数は、常勤者だけでも48名。
とんでもない維持費をかけていたのですね。



庭に面した部分にはベランダと円柱が施され、
どこか南国調な雰囲気がします。



一階にあるサンルームは明治40年代に
増築されたもの。

内部の照明不足を補う目的でつくられたそうです。



一階ベランダに敷詰めてあるタイル。
普通のタイルは間に目地があるのですが、
これにはありません。

管理人さんの話によると現在ではこんなに正確に
敷詰めることができる職人さんがいないそうです。



内部はとても暗い。
この邸宅に使われた木材は今では手に入らないほど
素晴らしいものだそうです。

材木屋から仕入れるのではなく、最高の木が
育っている山をまるごと購入。
金にいとめはつけないとはこのことです。



天井には凝った彫刻や壁画が散りばめられています。

当時の西洋館は客用として建てられ、
実際の生活の場は隣接する和館でした。
ここ岩崎邸にはその和館の一部が残っていて、
まさに大名屋敷というのにふさわしい贅沢を
今に伝えています。
天井、梁、廊下などに16メートル位の継ぎ目のない
材木が使われている。