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当時流行していたインターナショナルスタイルで建築されました。現在は正面の敷地一杯に増築されているので元々の建物が見づらくなっています。 |
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交通博物館の顔として有名な0系新幹線とD51。閉館日が近いので大変な混雑です。 新幹線の右側に見える窓部分がかつての万世橋駅入口で昭和18年まで使われていました。 |
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子供の頃に来た時と雰囲気が全く変わっていないことに驚きました。天上に吊り下げられた複葉機も昔のまま。なんとなく当時を思い出してしんみりします。 |
| 階段の雰囲気も昔のままで素っ気無いデザイン。当時はとてもモダンな建物だったらしいです。 |
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『特急こだま』の食堂車(サシ151型)を模した『こだま食堂』ももうすぐ閉鎖。 閉館を惜しんで来館した人たちが並んでいます。 メニューはカレー系のみになっていました・・・ |
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明治45年の万世橋駅創建当時の中央階段を1F休憩室から見ることができます。 石の階段と上部まで壁面タイル貼りという立派なものです。残念ながら立入ることはできません。 |
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特別公開されている万世橋駅東京寄り階段。こちらは予約制で見学可能。 万世橋駅は昭和18年(1943)に営業休止となり、その後は一度も使われていません。 |
| 万世橋駅のホームはまだ残っています。外に出ることはできませんが今回の特別公開では当時の階段を登ってホーム出口まで行くことができます。 |
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閉館記念装飾として神田川に面したレンガアーチ橋はパネルで飾られました。 |
| 上の写真で一番左側のアーチの内部が公開されています。鉄の橋桁、レンガも創建当時のものです。 |
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夜間は美しくライトアップされて水面に映ります。 |
| 博物館の正面にあるこの建物、博物館創建時の写真(昭和11年)を見てみると全く同じ姿で写っていました。 |
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戸袋の部分にはこんな模様が施してあります。 |
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明治43年5月29日(1910)、広瀬中佐銅像除幕式の絵葉書。 現在、博物館前庭にある機関車善光号の場所がこの場所らしいのですが全く痕跡がありません。 広瀬中佐と杉野兵曹長の物語は部下思いの軍人の鑑として、戦前は誰でも知っている軍神となり文部省唱歌にもなりました。 |
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初代万世橋駅と写っている絵葉書。 当時の駅前は中央線の一大ターミナルとして賑わう場所だったで、後にできる東京駅の習作といわれる辰野金吾設計による素晴らしい駅舎が建てられました。 |
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関東大震災後に建てられた二代目万世橋駅。広瀬中佐の銅像はそのままですが、ターミナル駅としての機能が無くなった万世橋駅はとても簡素な造りになってしまっています。 この駅舎を基礎にして交通博物館が建てられました。 |
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交通博物館といえば秋葉原。この絵葉書は戦前の総武線秋葉原高架橋。 昭和25年頃からガード下には次々と電気店が入り始め電気の街が形成されてゆきます。 |