三田検番

昭和11年(1936)
港区芝浦1−11


芝浦花柳会の名残り

今では想像もつきませんが、かつて田町駅の芝浦側は芝浦花柳会という三業地(料亭・置屋・待合がある所)になっていました。
その唯一の遺構であるこの建物は見番もしくは検番といい、芸者の管理/手配事務所のようなものです。
2階には芸者衆が踊りなどの稽古をした百畳敷の大広間が残っています。
芝浦花柳会の廃止後は長い間、協働会館として港湾労働者の宿泊所になっていましたが
それも廃止され解体の危機にあります。

夏に来たときには見番の両側に置屋が残っていたのですが、今回来てみたら
あっさりと取り壊されていました。なんで保存しないのでしょうか。

まるで東京の銭湯のような唐破風が迫力あります。
かなり押出しの強いあくのあるデザインですが
建物の寄付者を見つけてなるほどと思いました。

日本一派手というかやりたい放題建築として
有名だった目黒雅叙園の創設者、細川力蔵の
寄付になるものです。
そもそも細川力蔵は芝浦の開発で一財産を築き
震災前は芝浦に初代雅叙園を開業したそうです。