李王家邸(赤坂プリンスホテル別館)

竣工:昭和5年(1930)、設計:宮内省内匠寮

千代田区紀尾井町1−2


現在、赤坂プリンスホテルの別館として使われているこの瀟洒な洋館は
朝鮮最後の王家である李垠(イ・ウン)殿下の為に日本の宮内省が建てたものです。

当時は日韓併合の時代であり、李家は皇族に組み込まれました。
その後、梨本宮の長女万子様を妻に迎え、ここで生活されていました。

もともとこの場所には明治17年、ジョサイア・コンドル設計による北白川宮邸が建てられます。
しかし北白川宮は明治45年に港区高輪(現:新高輪プリンスホテルの地)に移られ、
大正13年、旧邸は李王家に下賜されました。

旧朝鮮王家の邸宅が都内に残っていることを知っている人は少ないでしょう。まして有名な赤坂プリンスホテルがそうだっとは。
イギリス16世紀のチューダーゴシック様式風デザインのこの建物は、とても美しいです。

今では玄関前が駐車場になってしまっていますが、当時はどんな前庭だったのでしょうか。

屋根中央にはこじんまりとした塔が乗っています。

この角度から見ると、背後に巨大な新館がそびえています。
昔は赤坂の街を見下ろす素晴らしい眺めだったことでしょうね。

李垠殿下の息子である李玖はアメリカ人女性と結婚し、米国に帰化したりしていましたが、2005年7月16日に心臓麻痺のため東京で死去。李王家の血統は途絶えます。

亡くなった場所は奇しくもこの地、赤坂プリンスホテルの一室でした。

戦前、日本最大の地主は天皇家でした。
その総面積は東京、大阪、神奈川、香川、佐賀、鳥取の合計面積に匹敵したそうです。

GHQにより皇室離脱を強制され、免税特権を剥奪された旧宮家は、
突如として課せられた巨額の財産税を払うために所有する大邸宅を手放すしかありませんでした。

これを安価で買い集めたのが西武グループの創始者、堤康次郎です。
買い集められた広大な邸宅にはそこに建てられている洋館とともに
次々とプリンスホテルが建設されていきます。

旧宮家邸宅名

現在

朝香宮軽井沢別荘

千ヶ滝プリンスホテル
(皇室専用ホテル)

竹田宮邸

高輪プリンスホテル

北白川宮邸

新高輪プリンスホテル

東伏見宮別邸

横浜プリンスホテル

李王家邸

赤坂プリンスホテル

朝香宮邸

白金台プリンスホテル建設計画が住民反対運動により中止、東京都に売却し庭園美術館となる
 

プリンスホテルの名前と、そのシンボルマークの菊の花の由来は、
旧皇族(皇族、つまりプリンスと菊の御紋)の邸宅をホテルにしたところからきています。